番外編:旧約聖書ヘブライ語の気象語彙

夕暮れ時の宮島

この記事は、もともとは引っ越し前のサイトにて2024年7月30日と8月31日に「番外編」としてアップロードしていたものです。このたびサイトごと引っ越しするにあたり、2つの記事を一つにまとめてアップロードし直しました。

今回は番外編です。

このブログでは主にドイツ語で気象についての文章を読む時に役立つ(かもしれない)情報を扱っていますが、もともと当ブログ主が大学時代に研究対象にしていたのはドイツ語ではなく、全く別の中東の言語でした。で、その言語の研究書を2017年に自費出版したのですが、今回はその宣伝も兼ねて少しだけ内容を紹介してみたいと思います。

出版のきっかけ

この本を出すことになった最初のきっかけは、とある辞書の記述をもとにして、旧約聖書ヘブライ語の気象語彙リストを作ったことです。

というか、最初はごく軽い気持ちで、雨とか雲とか風とかの単純な天気語彙のリストってどこにもないよね〜、だったら自分で作ってみようか…と、思い立ったのが2010年か2011年の春頃のことです。で、その際、調査対象に選んだ辞書が1000ページを超える大部なもので、これを1ページずつ、1行ずつ、隅から隅まで目を通して片っ端から語彙を拾い上げていくうちに、予想外の語彙の使用例やら他の意味を持つ語彙からの転用例やらが大量に見つかってしまい、項目数がどんどん膨れ上がって結構大きなリストになってしまったのでした。

で、どうせならそれらの語彙の出現する章節を全部網羅した出現箇所リストも作ろう、となり、そこからさらにギリシャ語七十人訳、ラテン語ウルガタ訳との対応表も作ろう、となり、ここまで来たら用例を説明する文章も要るよね〜、となり、例文もあるものはとりあえず放り込んでしまえ〜、と次から次へと調子に乗って内容を盛っていくうちに、気が付いたら最終的に400ページを超えるぶっとい書籍になってしまっていたのでありました…

というか、本人は、書籍というよりはちょっと専門寄りの同人誌、という位置づけのつもりで書いていたのですが、最終的に出版社様がとても良い紙質で装丁して下さったため、とにかく重たい本です。鈍器としても重宝します!!

まあ大部になったのは、1つの例文に最低でも4行も使った上に、行間調整とか一切せず、下の画像でも分かるように周囲の余白も広く取り過ぎてスペースの異常に多いレイアウトにしてしまった自分のせいなのですが…

出版社の方にも、「白い部分がとても多いですね…」と言われてしまいました…

とにかく、この本のメインコンテンツは実は巻末の語彙リストであり、本文の方がおまけです。しかも言いたい重要なことは序章と結論部分に大体書いてあり、各テーマについても各章の最初にまとめてあるので、そこだけ読んどけば本文は読まなくても多分大丈夫です。

巻末の語彙リストいろいろ

で、肝心の中身なのですが、語彙リストの最初のページはこんな感じです。

気象関連語彙リスト

これは雨、雪などのように大まかに分けられた気象項目ごとに、そこに属すると見なしうる語を意味と一緒に並べたものです。項目は語根ごとにまとめて並べています。

意味記述については Brown-Driver-Briggs (しばしば BDB と略記される)編による辞書 A Hebrew and English Lexicon of the Old Testament のものを主に用いましたが、別の辞書( Koehler-Baumgartner 編 The Hebrew and Aramaic Lexicon of the Old Testament など)により適宜修正を加え、さらに独自の見解も交えています。

隣接領域語彙リスト

加えて補完資料として、隣接語彙領域の表も作りました。地形などの他、海や川などの水象、季節などの暦、星などの天体語彙等々、地球科学的に気象とほんのちょっとでも関わりがありそうな語彙は見つけ次第片っ端から詰め込んでいます。

出現箇所リスト(コンコーダンスリスト)

次に、最初の表を元にして、気象語彙の出現箇所を全て網羅したリストを作りました。底本として用いたのは Abraham Even-Shoshan 編の A New Concordance of the Bible という本の中のコンコーダンスデータです。これは文法解説とかが現代ヘブライ語で書いてあるのでかなり手強い資料でした。

ギリシャ語・ラテン語対応語彙リスト

最後に、ギリシャ語七十人訳(LXX)及びラテン語ウルガタ訳(Vul)との対応表も作りました。

本文(という名の用例解説)

これらの3つのリストは、どれも完成までに1~2年ほどかかっています。

正直この時点で既に疲労困憊だったためここで終わっても良かったのですが、気象語彙の出現例を解説した文章も作ろうか、と、さらに欲を出してしまい、これまた何年もかけていつ果てるとも知れない解説文作成作業に取り組んだのでした。当時の精神状態を思い出すと、本当に何かに取り憑かれていたとしか思えず、全く終わりの見えない作業をよく独りで何年も諦めずにがんばったもんだと自分でも呆れます…

で、肝心の本文は以下のような章立てになっています。

  1. 雹・霰
  2. 霜・結氷
  3. 雲・霧
  4. 風・暴風
  5. 寒さ・冷たさ
  6. 暑さ
  7. 乾燥
  8. 雷・稲光・雷鳴
  9. その他

本文の序章は以下のような感じで始まります。

第1章「雨」の最初のページは以下のような感じです。最初に各語の出現頻度の表を掲げているので、本文はその下から始まります。

途中のページもランダムに1ページほどあげておきます。

こうして改めて読み返してみると、やっぱり余白が広すぎますね…なんでこんなレイアウトにしたんだっけ自分…

文書作成に使用したソフトウェア環境

なお、テキスト作成の実作業は Ubuntu という、 Linux の主要ディストリビューションの一つの上で行いました。(つまり、この資料作成には Mac も Windows も使用していません。)

本文作成には LibreOffice Writer というテキスト作成ソフトを使用し、種々の特殊文字の入力には gucharmap というソフトを用いました。ただし翻字の際の欧文アルファベット入力だけは Gnome Panel 上の Character Palette というアプレットを補助的に使用しています。 gucharmap も Character Palette も文字入力は専らマウスの左クリックによって行うため、この資料作成のために何万回マウスをぽちぽちしたか、想像すらできません…右手人差し指の関節はもうボッキボキです…

あと、英語やドイツ語も含め、参照したすべての翻訳テキスト同士の比較に際しては xiphos というソフトウェアを使用しました。旧約聖書というのは翻訳ごとに節番号が少しずつズレている箇所がやたらと多いため、ソフトの多段表示機能を使っても節の照合はかなりめんどくさい作業なのですが、対応表などは一切使わず、極力自力で当該箇所を探し出すようにしました。結果的にいい語学の復習になったと思います。(というか、使い勝手のいい対応表が無かったのでそうせざるを得なかった…)

まあ、タダで全て済ますのもちょっとどうかと思いましたので、ギリシャ語、ラテン語、ドイツ語の翻訳についてはちゃんとハードカバーの書籍を後から購入しました。

ところで、上でも言及した Koehler-Baumgartner のヘブライ語―アラム語レキシコンだけは、 Windows 用の CD-ROM バージョンの方を購入しました。といってもうちには Windows マシンがないので、 wine という環境を導入して、その上で CD-ROM の読み込みソフトを走らせてみました。フォントまわりで少しカスタマイズが必要だったものの、基本機能についてはほぼ問題なく動作してくれました。

ヘブライ語表記について

内容については、今読み返すといろいろと工夫が足りない部分が目に付きます。一例をあげると、語の意味はダブルクォーテーションマークでくくっているのですが、縦線の、いわゆる「間抜け引用符 (dumb quotes) 」と呼ばれるものを使っています。これは出版物では使用を避けなければならない記号の代表的なもの、らしいのですが、この文書を作ってる最中にはそんなことつゆ知らず、割と平気で使ってしまっています。

あと、ヘブライ文字のアレフ(א)をアルファベットに翻字する際も縦線のシングルクォートを使っているのですが、これも長年の習慣で、強い喉頭子音のアイン(ע)の記号()と紛らわしくならないように意図して使っています。これも気になる人は多分気になるでしょう。

内容について

あと、気象についての記述も、今思うとどうなんだろうという部分があります。例えば、気象学の分野では雹とあられは大きさが違うだけで本質的には同じもの、という意味のことを書いている部分があるのですが、実際にはあられは雹と異なり、指で簡単につぶすことが出来るくらいもろい構造をしていることが往々にしてあります。これはある程度の大きさがある雹には見られない特徴です。

(日本語では、やわらかいものは雪あられ、表面が溶けて硬くなったものは氷あられと呼んで区別することがあります。)

あと、例文の提示の仕方も、今見返すといろいろと改善のしようがあった気がします。ヘブライ語には、様々な意味を持つ כִּי という接続詞があるのですが、これは文脈に応じて「〜の時に」「もし〜ならば」「なぜならば」などのように訳されます。本の中の例文では文脈ごとに when, if, for などのように逐語訳を付したのですが、これはどう見ても悪手で、例えば TEMP, COND, BECAUSE などのようにするべきでした。特に for を理由の意味で使ったのはまずかったと思います。

表紙の画像について

最後に、どうすれば良かったのか今でもよく分かっていないのが、実は表紙の画像です。出版社のかたから表紙のレイアウトを考えてほしい、と言われ、どうせなら実際の風景の画像を使用したいと考え、ネット上でフリー画像を集めているサイトを見つけてそこの画像の中から気に入ったものを選びました。

が!…その画像、実は中東ではなく南アメリカの風景をプロの写真家の方が写したものです(この本の一番のツッコミ所かもしれません…)。ただとても雰囲気のいい素晴らしい画像でしたので、即決で選んでしまいました。

もちろん、画像自体はプロの方の「作品」ですし、とても素晴らしいものなのは言うまでもないことですが、ただ、今思うとその画像を載せていたフリー画像集サイトがよく分からないところで…そのサイトではこの画像は無料画像で、しかもクリエイティブ・コモンズ、特に著作権者の表示が必要な旨を記したマークが表示されていたのですが、今探したら、そのフリー画像集サイトは影も形もなくなっており、本当にそうだったのかの確認が今では取れなくなってしまっています。

当時そのサイトでは「使います」ボタンというものまでご丁寧にも用意されていて、それを確かにポチッと押した記憶はあるのですが、本当に著作権者(撮影者)に伝わっていたのかは今でも謎のままです…

入手先・出版形態について

最後に、今回紹介した本ですが、アマゾンで「聖書ヘブライ語」「気象語彙」とかで検索すれば多分辿り着けると思います。

なんで専門誌とかで発表しないの、と思われる方もおられるでしょうが、私は昔から貧乏な一般人でずっとどこの学会にも所属しておりませんでしたので、自費出版という形でしか発表の機会がありませんでした。(上でも書きましたが、これはあくまでも専門寄りの同人誌、という位置づけで執筆しています。)

これはこの本が査読を経ていない、ということでもありますので、読む方はそこのところを差し引いて、より批判的に読む必要があるかと思います。なお、紙の書籍のみで電子版はありません。絶版になっていなければ多分今でも買えると思います…少々お高いですが、物好きな方がおられましたらご購入いただければこれ幸いです。中身だけチラ見してみたい、という方はとりあえず国会図書館へ行ってみましょう。

今、読み返して思うこと

ところで、どうでもいい話ですが、久しぶりに自分の本を棚から取り出して改めて見てみると、やっぱり表紙と背表紙のタイトルの文字がデカすぎで、今見るとどうにも恥ずかしいです…著者名共々、サイズはもう二回りくらい下げてもらうべきでした…

内容も、自分で読んでてこれどういう意味なんだろう、と、自分で書いたはずの文章の内容が自分でもよく分からず、頭の中に「?」の記号が飛び交う箇所が少なからずあるのがどうにも困ったもんです…

あと、これは執筆中には気づかなかった、というか、出現例の分類と記述にばかり集中していたせいで思いが至らなかったことなのですが、現代語であれば当たり前のように存在するはずのとある語彙が聖書ヘブライ語には見当たらない、ということに、出版後になって初めて気が付きました。それは…

聖書ヘブライ語には意味的に無標な、「お天気カテゴリー」としての「晴れ」を表す一般的な語彙がどうも見当たらないらしい…

ということです。

ひょっとするとあるのかもしれませんが、今思い返してみても、少なくともメジャーで出現頻度の高い語としてはいまいち思い当たりません…

雨とか雹とか雷とか、私がこの本の中で扱った語彙はすべて気象の「発生」 Wettergeschehen を表す言葉であり、「晴れ」とは、それらの現象が起こっていないことを指します。もちろんそれに伴い発生する「日照り」「乾燥」「干ばつ」「(雲がない)」を表す語彙はあるのですが、それらはあくまでも(少なからずネガティブな)結果を伴う有標の「現象」を表す言葉です。

そう考えると、「雨天」「曇天」「嵐」などを表す一連の単語についても、果たして「お天気カテゴリー」として扱っていいものなのかどうか、改めて検討が必要かもしれません…

ただ、さすがにこの問題にこれ以上首を突っ込む余力は自分にはありませんので、この問題については、後続の他の方の研究にお任せしたいと思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました