今回は天気図上で高圧部・低圧部がドイツ語でどのように描写されているか、その部分の名称も含めて見ていきたいと思います。
天気図上の曲線
天気図 Wetterkarte (f. -/-n) の上には、地図の等高線のようなしましまの曲線が何本も描かれていて、その閉じられた部分の中心に高気圧や低気圧があります。この曲線は、実は地上天気図と高層天気図ではその意味合いが異なります。
地上天気図で引かれるのは等圧線 Isobare (f. -/-n) ですが、高層天気図で引かれるのは等高度線 Isohypse (-/-n) というものです。
[余談ですが、このような曲線自体は、日本語の専門用語では英語の contour 「輪郭線」をそのまま取り入れてコンターとかコンター曲線とか呼ばれることがあります。もっとも他の分野ではコンツアーとかコントゥアとか、あるいはコントアとかとなっていることもあり、表記にやや揺れが見られるようです。気象学や工学系以外にもいろんな分野で使われているようですが、どちらにしても日常会話ではまず聞かない専門用語です。]
海面更正気圧
まず地上天気図 Bodenwetterkarte (f. -/-n) ですが、ここでの「地上」とは、ざっくり言うと海抜0メートルの平面( Meeresspiegel (m. -s/-) 「海面」もしくは Meeresniveau (n. -s/-s) (発音:メーレスニヴォー)「海面」)のことだと思ってください。気圧の観測地点のほとんどはそれよりも高いところにありますので、実際に観測される値は高度が高くなるほど(=海面から離れるほど)低くなります。
高度が違う地点の気圧をそのまま比較しても等圧線は引けません。各地点で観測される値に補正をかけることによって、平均海面の高さまで空気を引きずり下ろした (reduzieren) 時に観測されるであろう気圧を計算で求めています。この計算のことを「海面更正」、それにより算出される気圧のことを「海面更正気圧」と呼んでいます。
この「海面更正」を一言でうまく表せる言葉はないかとちょっと探したところ、ドイツ語版 Wikipedia (Barometrische Höhenformel)に Reduktion auf Meereshöhe (字義:海高度への引き下げ)という表現がありました。「海面更正気圧」は der auf Meereshöhe reduzierte Luftdruck です。もちろん他の言い方もあると思います。
ここでの reduzieren (名詞形: Reduktion (f. -/-en) )は、「低下させる」「減少させる」「還元する」という意味ですが、ここでは空気を海面へと「引きずり下ろす」というイメージで考えると分かりやすいと思います。(ただしその計算によって、気圧の値はかえって上がるわけですが…)
等高度線
それに対して高層天気図 Höhenwetterkarte (f. -/-n) では、各気圧ごとに、その気圧が平均海面からどの高さで観測されるかをメートル単位で描画しています。気圧が等しい点を結んだ仮想的な面(等圧面といいます)を想定し、それを山に見立てて、地図の等高線のような線が引かれます。よく使われる等圧面としては、 850hPa 、 700hPa 、 500hPa 、 300hPa などがあります。これらを組み合わせた天気図もよく使われています。
なんで地上天気図みたいに特定の高度で輪切りにして平面にせず、気圧区切りにするのか、という疑問もあるかもしれませんが、その答えは、高層に関しては気圧で区切った方がはるかに都合がいいからです。
気圧が固定されることによって、空気の密度差のことを考えなくてもよくなります。それにより、その気圧面での気流の状態の把握が容易になります。何よりも、大気を三次元的な立体構造として見ることができるのは大きなメリットです。前線の通過の際に起きる激しい現象を正確に予測するには、その前線の前後にある気団の性質と、その立体構造の把握が欠かせません。等圧面天気図はそういう時にも大きな威力を発揮します。
地上天気図にしても高層天気図にしても、引かれる線がきれいな同心円状であることはほぼないと言ってよく、たいていは突き出たところやへこんだところができます。それらにはそれぞれ名前が付けられています。以下でそのいくつかを見ていきます。
地上天気図での高圧部
地上天気図で高圧部が広範囲に及ぶ場合、その周辺域で Isobare (f. -/-n) 「等圧線」が外側(低圧側)へ張り出した部分のことは Rücken (m. -s/-) 「尾根」といい、特に等圧線の曲がりが急な部分は Keil (m. -(e)s/-e) 「くさび」と呼ばれることがあります。
「気圧の尾根」は日本語でもよく使われる表現です。「くさび」に関しては、日本付近の地上天気図では高気圧圏内の等圧線が急カーブを描くことはあまりないのでピンと来ないのですが、ヨーロッパの天気図には日本の天気図とはまた異なる独特の「くせ」があるようで、こういう言い方がふさわしいと思える形状の等圧線も時折目にします。
高気圧であることを明示して Hochdruckrücken (m. -s/-) 「高気圧の尾根」もしくは Hochdruckkeil (m. -(e)s/-e) 「高気圧のくさび」などという言い方がされることもあります。
また、2つの高気圧がつながって細長い高圧帯が形成されれば Hochdruckbrücke (f. -/-n) 「高気圧の橋」と呼ばれますし、2つの低圧部の間に相対的に周囲より気圧の高い領域が出来れば Zwischenhoch (m. -s/-s) (字義:間の高気圧)と呼ばれます。後者は日本付近で言えば、春にしばしば低気圧と交互に訪れる移動性高気圧が近いでしょうか。いずれも必ずしも専門用語というわけではありませんが、気象概況文や予報文などでは時々目にします。
高層天気図での高圧部
一方高層天気図では、上記の Rücken や Keil に加えて、高層であることを明示するために Höhen- を付加した Höhenrücken (m. -s/-) 「高層の尾根」や Höhenkeil (m. -(e)s/-e) 「高層のくさび」などの表現が取られることもあります。ただし、上でも触れましたが、高層天気図では、地上天気図と違って「等圧線」ではなく、 500hPa 面などの特定の気圧面の「等高度線」の張り出しをそのように呼びます。
これは平均海面からどれだけ上ったところで気圧が特定の値( 500hPa 図なら 500hpa )になるか、その高度をメートル単位(もしくは図によっては10メートル単位)で図示したものです。
「等高度線」は地理学などでは Isohypse (f. -/-n) といいますが、気象学では、それに加えて Linien gleicher geopotenzieller Höhe 「等ジオポテンシャル高度線」という、多少長ったらしい言い回しもよく目にします。どちらの言い方も、その気圧が観測される「等圧面」を山に見立てて、その高さの分布を示したものです。その山の頂上が、その高度での「高気圧」に対応すると考えることができます。
他にも、下層から上層に及ぶ背の高い高気圧が移動せずその場で安定し、上空の西風が南北に迂回せざるを得なくなって、地上低気圧の西から東へのスムーズな流れが妨げられるようになると、そのような高気圧は blockierendes Hoch (n.) 「ブロッキング高気圧」と呼ばれます。
地上天気図での低圧部
地上天気図で低圧部が広範囲に及ぶ際、解説文では Tiefdruckrinne (f. -/-n) という語が用いられることがあります。 Rinne (f. -/-n) は「溝」「樋」「くぼみ」の意味です。複数の低気圧や前線が連続し、その境界も不明瞭で、結果として気圧の低い状態が広範囲に及んでいる際に、その低圧領域全体を指して用いられる語です。日本付近であれば梅雨前線や秋雨前線みたいなものを想像すれば分かりやすいかと思います。
地上天気図に現れる低気圧の多くは前線 Front (f. -/-en) を伴っており、等圧線も前線を横切る部分が多少折れ曲がっています。前線にも様々な種類がありますが、それについては当サイトの別ページで扱っています。
他にも、範囲の大きな低圧部の周辺域に、閉じた等圧線を持った小さな低圧部が発生することがあり、 Randtief (n. -s/-s) (字義:縁辺の低気圧)と呼ばれています。
高層天気図での低圧部
日本語の「気圧の谷」に相当する上層の低圧部は Höhentrog (m. -(e)s/-tröge) といいますが、これは直訳すると「高所の窪地」を意味します。 Trog (m. -(e)s/Tröge) 「窪地」「飼い葉桶」 は、英語の trough (発音:[trɔ(ː)f]) とも語源的に共通しており、日本語の文献で上層の気圧の谷を指してしばしば用いられる専門用語「トラフ」はこの英語から来ています。偏西風が蛇行して赤道側へ張り出した部分を指します(その内側が低圧領域になります)。
蛇行が大きくなり、閉じた回転構造として切り離された場合には「切離低気圧」となります。日本語の「切離低気圧」は英語の Cut-off Low の訳語ですが、これはドイツ語では Höhentief (n. -s/-s) 「高層の低気圧」と呼ばれます。これは地上部分に対応する地上低気圧 Bodentief (n. -s/-s) が見当たらないことが往々にしてあり、 Kaltlufttropfen (m. -s/-) 「寒気のしずく」と表現されることもあります。これは名前の通り中心部に寒気を伴っており、日本語の「寒冷渦(かんれいうず)」に相当する単語です。
「寒気 (Kaltluft) のしずく (Tropfen) 」というとちょっと詩的で風情のあるネーミングにも聞こえますし、実際地上天気図だけだと目立たないことが多いのですが、ひとたび発生すると上空の寒気によって大気が非常に不安定になり、しばしば天気の急変をもたらすため、日本語の「寒冷渦」同様、予報解説文に出てきたら厳重な警戒を要する語でもあります。
熱帯低気圧によく用いられる表現
他にも、大気が定常的な状態からはずれて不安定になった場合、その状態は Störung (f. -/-en) 「擾乱(じょうらん)」と呼ばれます。英語の disturbance に相当する用語です。熱帯低気圧の場合、赤道近くの偏東風の領域内で、独立した低気圧に発達する前のまだ弱い段階の擾乱が波 Welle (f. -/-n) のように西進を始め、条件が整えばやがて閉じた等圧線を持つ熱帯低気圧に発達します。この西進する波は、英語で easterly wave と呼ばれることもあります。
また、様々な規模や勢力の低圧部は Depression (f. -/-en) とも呼ばれます。
[ただし熱帯域の低気圧の勢力段階では、通常 tropische Depression (f.) は1分間の平均風速34ノット (≒63km/h) 未満の一番弱い段階を指して使われます。64ノット (≒118km/h) 未満の中間段階は tropischer Sturm (m.) 、それ以上は tropischer Orkan (m.) と呼ばれます。それぞれおおよそ日本の予報用語での「(台風の勢力未満の)熱帯低気圧」、「台風」、「強い台風〜猛烈な台風」に相当する用語です。]
回転軸を持つ様々なサイズの風系は Wirbelsturm (m. -(e)s/-stürme) (字義:渦の嵐)と呼ばれます。また様々な低気圧システムの発生・発達過程は Zyklogenese (f. -/-n) という語で表されます。これはハリケーンから竜巻、つむじ風に至るまで、様々なスケールの風の渦巻き構造の生成・発達過程を指す概念です(反意語: Zyklolyse (f. -/-n) )。これらの語は、台風やハリケーン、サイクロンなど熱帯域での風系や対流活動を扱った専門的な文章では特によく目にする表現です。


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