Niederschlag 「降水」

virga 尾流雲

この記事は、もともとは引っ越し前のサイトにて2021年7月24日に「Niederschlag 「降水」」のタイトルでアップロードしていたものです。このたびサイトごと引っ越しするにあたり、細部に手を加えてアップロードし直しました。

英語 precipitation 「降水」

「降水」はドイツ語では Niederschlag (m. -(e)s/-schläge) と呼ばれます。大体英語の precipitation に相当する語と考えてよく、以下の文章でも両語を共に「降水」と訳していますが、文献によっては両語の扱いに微妙な差異が見られることもあります。

まず英語の precipitation ですが、試しにペーパーバック版のオックスフォード気象辞典 A Dictionary of Weather, Second Edition, 2001, 2008. で precipitation の項目 (p.201) を引いてみると、そこには以下のような説明がありました(訳と下線は当ブログ筆者)。

Precipitation
Water in either liquid or solid form that is derived from the atmosphere and falls to the surface. It thus includes drizzle, rain, freezing rain, hail, ice pellets, ice crystals, snow, and other forms. It specifically excludes clouds, dew, fog, frost, mist, and rime (which are either suspended in the atmosphere or deposited directly on to the surface), together with virga (which do not reach the ground).

A Dictionary of Weather, Second Edition, Oxford University Press, 2001, 2008, p.201.

[和訳:大気に由来し、地面へと落下する液体もしくは固体の水分。例えば霧雨、雨、凍雨、雹、霰、氷晶、雪、その他の形態が含まれる。(地上に到達しない)尾流雲に加えて、(大気中に浮かんだままかもしくは物体の表面へ直接沈着する)雲、露、霧、霜、もや、霧氷は明確に除外される。

ここでは “precipitation”は地面へと「落ちる」ものであることが明言されています。下線部で雲、露、霧、霜、もや、霧氷 (rime) があえて除外されていることに注意してください。雲、霧、もやはまあ分かるのですが、露と霜も除外されています。

ドイツ語 Niederschlag 「降水」

これに対してドイツ語の Niederschlag ですが、こちらはドイツ気象局の Wetterlexikon 「気象語彙集」のページでは以下のようになっています。長い記事なので最初の方のみ引用します(訳と下線は当ブログ筆者)。

Niederschlag
Unter dem Begriff “Niederschlag” versteht man in der Meteorologie die Ausscheidung von Wasser aus der Atmosphäre im flüssigen und/oder festen Aggregatzustand, die man am Erdboden messen oder beobachten kann. Dabei wird unterschieden zwischen fallenden (z.B. Regen), aufgewirbelten (z.B. Schneetreiben), abgelagerten (z.B. Schneedecke) und abgesetzten (z.B. Reif) Niederschlägen.


ドイツ気象局 Wetterlexikon の Niederschlag 「降水」の解説の冒頭部分

[和訳:「降水」の概念は、気象学では液体、もしくは個体の状態で水分が大気から(地上で計測もしくは観測可能な状態で)分離されることと解釈される。その際、落下する降水(例:雨)、巻き上げられる降水(例:吹雪)、降り積もった降水(例:積雪)、沈着した降水(例:霜)が区別される。]

ここでは Niederschlag 「降水」とは水分が大気から「分離されること (Ausscheidung) 」としか述べられておらず、「落下」の概念は必ずしも必須ではないようです。そのため、霜のように雨量枡では捕捉不能な現象も含められています。引用文の後半の下線を引いた4箇所に注目してください。ここでは降水 Niederschlag は、

  1. 落下する降水(例:雨)
  2. 風に舞う降水(例:吹雪)
  3. 降り積もった降水(例:積雪)
  4. 沈着した (abgesetzt) 降水(例:霜)

の4つに区別されており、オックスフォード気象辞典の英文では除外されていた「霜」は、4番目に Reif としてあげられています。つまり、少なくともドイツ気象局の定義する専門用語としての Niederschlag は、英語の precipitation よりも指示範囲が若干広いことになります。

実際、 Niederschlag には化学用語で「沈殿」の意味もあり、動詞 nieder|schlagen にも「降水」の意味と並んで化学用語としての「沈澱する」「沈積する」の意味があります。壁への結露を指して用いることも出来る語です。そのため、 Tau (m. -(e)s/ ) 「露」や Reif (m. -(e)s/e) 「霜」が含まれるのはむしろ自然な流れでしょう。

ただ、上記の引用文より後に続く解説文では、専ら1.の「落下する降水」についてしか詳しく解説されておらず、露や霜については扱いがあまりよろしくありません。もしかしたら国際基準で露や霜が除外されていることに配慮しているのかもしれません。

指示範囲の「ゆれ」?

以上、専門用語としての「降水」の範囲について簡単に見てきました。

ここまでの流れを整理すると、専門用語としての英語 precipitation の指示範囲は、あくまでも地上へ落下する個体、もしくは液体の水分に限定されているのに対し、ドイツ語の Niederschlag の方にはそのようなしばりはなく、地上の物体への直接の凝結(露や霜など)までも含んでいる、というふうに一応はまとめられそうに思えます。

ただし、これはあくまでも参照した文献やサイトの記述では、という条件付きの話でして、実のところ英語の precipitation にも化学用語としては「沈殿」の意味がありますし、動詞 precipitate にも「(露が)凝結する」という意味があります(例えば「研究社新英和大辞典」第5版 (1980) p.1662. )。一般向けの英語辞書の中には、 precipitation の解説に「露」や「霜」の意味をわざわざ含めているものさえあります。(例えば The New Shorter Oxford English Dictionary. Vol.2 N-Z (1993) の Precipitation の項目の説明 II 6, p.2326. )このように、参照する文献の範囲を広げると、両語の意味的差異は極めて微妙なものになってきます。

もっとも、とりあえず実用的観点から、ここでは「気象学の専門用語としての precipitation は、あくまでも雨量計によって計測可能な水分の落下現象のみに焦点を絞っており、「露」と「霜」は別扱いにしている」、という認識でいいのではないかなと思います。

もちろん、露や霜そのものの観測は行われていないわけではありません。ただ、結露「量」については、もともとが微量な上、観測の場所や物体の表面の状態にかなり左右されることもあり、客観的な計測は難しいようです。また植物の葉の表面などにできる露や霜は、純粋に気象学的な過程以外の原因によって出来ることもあるため、やはり扱いが難しく、日本では通常は降水量には含めていません(『平凡社版気象の事典』 (1986) p.365 )。

ただ、世界に目をやると、特に乾燥地帯の高山などでは、夜間に発生する霧の水分を集めてできた水滴によって生きながらえている動植物もいます。また、空中に張ったネットに夜間凝結する水分を容器に集め、それを生活用水として使用している地域もあったりするそうです。そういう地域では、たとえわずかであっても、雨量計では観測されない、雨滴の落下以外の過程によって地上へと供給されている水分量は、決して無視はできないものと考えられます。そうすると、降水を細かく分類して露や霜もそこに含めているドイツ気象局の考え方も、それなりに理にかなっている側面はあるのではないかという気がします。

さらに、引用は省略しますが、アメリカ気象学会の Glossary of Meteorology の “precipitation” の項目を引いてみても、雨量枡で計測可能な降水の中には、わずかな量とはいえ霜や露などが含まれることがありうる旨の記述があります。(詳細は上のリンクから辿ってみてください。)

Hydrometeor

ついでですが、通常の「降水」に加え、「露」や「霜」も含めた上位概念としては Hydrometeor (m. -s/-e) 「大気水象」という単語もあります。ただこちらは液体、個体、気体を問わず大気中のあらゆるタイプの水の姿を全て包括した概念になりますので、「雲」や「もや」なども含められていることには注意が必要です。

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