日本語の文献に見る「降水」

雨柱 (praecipitatio)

この記事は、もともとは引っ越し前のサイトにて2021年7月27日に「日本語の文献に見る「降水」」のタイトルでアップロードしていたものです。このたびサイトごと引っ越しするにあたり、細部に手を加えてアップロードし直しました。

今回はドイツ語についてはちょっとお休みして、日本語の「降水」についてちょっと文献を漁ってみた結果を以下にまとめてみようと思います。

各種事典・辞書類の記述

まずは専門書の記述から。三省堂『気象ハンドブック』第三版 (2005) の定義によると、「降水」とは

17.2.6. 降水(雨)
水蒸気が大気中で凝結したり、昇華してできた水滴や氷片、あるいはそれらが凍結、融解してできた氷片、水滴などが落下する現象、または落下したものを降水(通常は雨という)という。雪などのように氷片による降水を区別していう場合は、これを固形降水という。降水量とは、ある時間内に、地表の水平面に達した降水の量をいい、水の深さで表す。(以下略)

朝倉書店『気象ハンドブック』第三版 2005年 pp.242-243.

とのことです。これを見る限り、降水には「落下」の意味が重要であり、雨量枡で捕捉可能な形態を主に想定していることが見てとれます。

次に一般向けの辞書の記述を見てみます。まずは『大辞林』第2版(三省堂)から。

こうすい かう― ① 【降水】
地上に降下する、大気中の水分。雨・雪・霰など。

三省堂『大辞林』第二版 1988年 p.824.

次に『日本国語大辞典』(小学館)の記述を見てみます。

降水 カウ― [降水][名]
雨および雪、あられ、ひょうなど、大気中で凝結した水蒸気で地上に落下し、水になるもの。 *英和和英地学字彙 (1914) 「Kōsui Precipitation, Meteoric Water 降水」 *伊吹山の句に就て (1924) 〈寺田寅彦〉「何ゆえにこのような区域に、特に降水が多いかといふ理由について」
(以下略)

小学館『日本国語大辞典』第二版第五巻 1972, 1979, 2001年 p.337.

これらはよりシンプルな書き方にはなっていますが、どちらも落下する水分という定義がメインとなっており、「露」や「霜」についても同様に言及はありません。

文学作品・歴史的文献における記述

寺田寅彦『凍雨と雨氷』

なお、上記の『日本国語大辞典』には大正13年 (1924) の寺田寅彦の随筆が例としてあげられていますが、寺田寅彦にはもう少し分かりやすい用例が別にありましたので、そちらも以下に引用してみます(下線は当ブログ筆者)。

大気中の水蒸気が凍結して液体または固体となって地上に降るものを総称して降水と言う。その中でも水蒸気が地上の物体に接触して生ずる露と霜と木花きばなと、氷点下に過冷却された霧のしずくが地物に触れて生ずる樹氷または「花ボロ」を除けば、あとは皆地上数百ないし数千メートルの高所から降下するものである。その中でも雨と雪は最も普通なものであるが、ひょうあられもさほど珍しくはない。みぞれは雨と雪の混じたもので、これも有りふれた現象である。
以上挙げたものの外に稀有けうな降水の種類として凍雨と雨氷を数える事が出来る。(以下略)

「東京朝日新聞」大正10年 (1921) 2月11日、寺田寅彦『凍雨と雨氷』(引用は青空文庫より)

分かりやすい、とは書きましたが、よく読むとこの文章、何気に解釈が難しいと思います。一見すると露や霜、樹氷などを降水から除外しているようにも読めるのですが、よく見ると、下線部の最初には「その中でも」というフレーズがあり、露や霜は逆に降水に含まれているようにも取れます。つまり、降水の中には「高所から降下する」以外のものもありますよ、という解釈を許す書き方になっています。

連歌における「降り物」

さらに歴史に目を向ければ、現代の学問的な「降水」の定義からはみ出している現象に「降」という文字が使われている事例には容易に出会うことができます。

例えば千年以上昔から親しまれている文学形式の一つに「連歌」というものがあるのですが、そこでは詠まれる題材がいくつかのカテゴリーに分類されていて、その中には「もの」という項目があります。これは辞書によれば、連歌や俳諧で、天象のうち、空から降るもの。雨・霜・露の類三句以上隔てて使うのが約束。(小学館『古語大辞典』 (1983) p.1458. 下線は当ブログ筆者)とのことです。これは文字通り天から降るものを指していますが、このカテゴリーの中には「雨」「雪」「あられ」だけでなく、「つゆ」「しも」が含まれます。

一方「雲」や「きり」は「そびもの」という分類になります。こちらは《そびえたなびくものの意》連歌・俳諧で、霧・かすみ・雲・煙、空にたなびくものをいう。(小学館『古語大辞典』 (1983) p.950. 下線は当ブログ筆者)とのことです。どちらも詠む際は三句以上隔てるのが決まりになっています。

『増鏡』より

まあ「露が降りる」とか、「霜降」とかいう言葉もありますし、露や霜に対して「降」という漢字が使用されること自体は現代人にも理解できる範疇だとは思います。

ただ、さらにややこしいのは、同じ辞典で「る」を引くと、用例の一つに霧いみじう降りてという、『増鏡・月草の花』(14世紀成立)からの一節が引用されていることです(小学館『古語大辞典』 (1983) p.1459 より)。なお、これは前後の文脈を含めると、折しも、霧いみじう降りて、行先も見えず。という表現になります。

連歌の分野では「そびもの」として別扱いになっていたきりが、ここでは「降る」ものとして扱われていることになります。もしかしたら霧のヴェールが空から下りてくる、ようなイメージなのでしょうか。

『万葉集』より

その一方で、空から降るものが別の表現で描写されている例も当然ながらあります。

和何則能尓 宇米能波奈知流 比佐可多能 阿米欲里由吉能 那何列久流加母
わが園に梅の花散る久方のあめより雪の流れくるかも

『万葉集』巻五、八二二 大伴旅人

この歌の詠み人、大伴旅人 (665-731) は、雪をあめから「流れ来る」ものとして描写しています。雪という降水現象に「流れる」という表現を用いるというのは、現代ではあまり思いつかない発想かもしれません。旅人は漢詩にも通じていたということなので、ひょっとしたらそちらの影響もあるのかもしれませんが、残念ながら当ブログ筆者にはそこら辺の素養も知識もないため判断は出来かねます…ただ、おそらく、探せばこういった例は他にもいくらでも出てくると思われます。(私自身、ほんのちょっと調べただけでこれだけ見つけられましたので。)

『北越雪譜』より

ここまで、「降水」という語に使われている「降」という漢字に注目して、それが現代の「降水」の定義からは微妙にはみ出した現象に対して用いられている事例をいくつか見てきました。具体的には、連歌において「降り物」として扱われている霜や露の事例、それから行き先も見えないほどに「降る」と表現されている霧の事例などです。また、逆に通常は降水現象には用いられない動詞が降水現象へと援用されている事例(雪が「流れ来る」など)についても触れました。

次に、多少長文になりますが、江戸時代後期(天保8年 (1837) )の文献、鈴木牧之すずきぼくし (1770-1842) 著『北越ほくえつ雪譜せっぷ』初篇・巻之上から冒頭部分、「地気ちき雪と成るべん」の一節を以下に全文引用してみたいと思います。降水現象一般についての、当時としては最先端の知識が詰め込まれた一文です。

基本は青空文庫の該当ページを使用し、国立国会図書館デジタルアーカイブの本文を参照して一部の字体を原文に近づけてみました。

(ただしルビや変体仮名など、完全に原文準拠にしてしまうと却って読めなくなりますので、そこらへんは多少調整しています。あくまでも原文の雰囲気を感じてもらうための工夫と考えてください。あと、原文のルビはもう少し多いのですが、ここでは適宜省いています。また、原文で二行に分けて書き込まれている注釈、いわゆる「割注」は、大かっこでくくっています。)

およそ天より形をしてくだす物○雨○雪○あられみぞれひようなり。つゆ地気ちき粒珠りふしゆする所、しもハ地気の凝結ぎょうけつする所、冷気の強弱つよきよわきによりてその形をことにするのみ。地気天に上騰のぼり形をなして雨○雪○あられみぞれひようとなれども、あたゝかなる気をうくれバ水となる。水ハ地の全體せんたいなれバ元の地にかへるなり。地中深けれバかならずあたゝかなる気あり、地あたゝかなるをて気をはき、天にむかひ上騰のぼる事人の気息いぎのごとく、昼夜片時もたゆる事なし。天も又気をはきて地にくだす、これ天地の呼吸こきふなり。人のでるいきひくいきとのごとし。天地呼吸して萬物ばんぶつ生育そだつる也。天地の呼吸常を失ふ時ハ暑寒あつささむさ時におうぜず、大風大雨其余そのよさまざまの天へんあるハ天地のやめる也。天に九ツの段あり、これを九天きうてんといふ。九段の内もつとも地に近き所を太陰天といふ。[地を去る事高さ四十八万二千五百里といふ]太陰天と地との間に三ツのへだてあり、天にちかき熱際ねつさいといひ、中を冷際といひ、地にちかき温際をんさいといふ。地気ハ冷際を限りとして熱際に至らず、冷温の二段ハ地を去る事甚だとほからず。冨士山ハ温際をこえて冷際にちかきゆゑ、絶頂ぜつてうあたゝかなる気通ぜざるゆゑ艸木くさきを生ぜず。夏も寒く雷鳴かみなり暴雨ゆふだちを温際の下に見る。[雷と夕立ハをんさいのからくり也]雲ハ地中の温気より生ずる物ゆゑに其おこる形ハ湯気のごとし、水をわかして湯気のたつと同じ事也。雲あたゝかなる気を以て天にのぼり、かの冷際にいたれバあたゝかなる気きえて雨となる、湯気のひえて露となるが如し。[冷際にいたらざれバ雲散じて雨をなさず]さて雨露あめつゆ粒珠つぶだつハ天地の気中に在るを以て也。艸木の実のまるきをうしなハざるも気中に生ずるゆゑ也。雲冷際にいたりて雨とならんとする時、天寒てんかん甚しき時ハ雨氷あめこほりの粒となりてり下る。天寒のつよきよわきとによりて粒珠つぶの大小を為す、是をあられとしみぞれとす。[ひようハ夏ありその弁こゝにりやくす]地の寒強き時ハ地気形をなさずして天にのぼ微温ぬるき湯気のごとし。天のくもるハ是也。地気上騰のぼること多けれバ天灰色ねずみいろをなして雪ならんとす。くもりたる雲冷際にいたまづ雨となる。此時冷際の寒気雨をこほらすべきちからたらざるゆゑ花粉くわふんを為して下す、これ雪也。地寒ちかんのよわきとつよきとによりて氷のあつきうすきとの如し。天に温冷熱の三際あるハ、人のはだへあたゝかに肉ハひやゝ臓腑ざうふは熱すると同じ道理也。気中萬物の生育ことごとく天地の気格にしたがふゆゑ也。是が発明にあらず諸書に散見したる古人の説也。

鈴木牧之著『北越雪譜』初篇 巻之上「地気雪と成る弁」

ここでは、今日的な意味での降水にとどまらず、露や霜、さらには雷などの随伴現象に至るまで全て包括した降水現象全般についての考え方が披瀝されています。自分の考えではなく諸書に見られる古人の説、と最後に謙遜していますが、おそらくは漢籍だけではなく、当時最先端の学問でもあった蘭学の影響もあってか、内容は客観的かつ分析的です。

雹が夏にも見られる現象であることにもちゃんと言及しています(理由については「りやく(略)」していますが…)。

また雷と夕立を、富士山頂よりも低い高度で起きる「温際のからくり」としていますが、これは葛飾北斎の「富嶽三十六景」の一つ、『山下白雨(さんかはくう)』(1830-1832頃。リンクは文化庁「文化遺産オンライン」より)において、稲妻が富士山頂よりもはるか下方を走っている構図を想起させるものです。

なにより、この文章中に見られる「地気」を「水蒸気」と読み替えれば、水の三態(液体・個体・気体)のみならず、水の循環についての基本的な認識もこの時代には既に存在していたらしいことがこの文章からは読み取れます。

物理学者の中谷宇吉郎は、短い記事『『北越雪譜』の科學』の中で「北越雪譜」の記述を現代科学の観点から読み解いています。最初のところで「北越雪譜」という作品そのものについて、「議論もなく、所謂卓見もない」と、一見落としているようにも見えますが、そのあとの文章を読むと、作中に見られる科学的知見を実際にはとても高く評価していたことが分かります。

(ところで、ついでではありますが、デジタルアーカイブの本文をよく見ると、「気息」という単語に「いき」ではなく「いぎ」というルビが打たれているのに気が付きます。著者である鈴木牧之の生まれ育った北国(越後)の方言の特徴が垣間見られるようです。)

『雪華図説』

それはともかく、自然や文物のみならず、苦労も多い雪国での日常生活のリアルをも活写して見せた『北越雪譜』 (1837) の著者・鈴木牧之 (1770-1842) ですが、彼よりも一回り下の世代には、自ら顕微鏡で観察した雪の結晶をスケッチして図案化したものを『雪華図説』 (1832) という冊子の形にまとめて自費出版した下総国しもうさのくに古河こが藩主・土井どい利位としつら(1789-1848)と、家老・鷹見たかみ泉石せんせき(1785-1858) の二人がいます。

この二人は生涯にわたる蘭学仲間でもあり、利位は手に入れた顕微鏡を使って、忙しい公務の傍ら雪が降るたびに結晶の観察に勤しんでいたといいます。(このあたりの事情については、中谷宇吉郎『雪華図説の研究』および『雪華図説の研究後日譚』に詳しい解説があります。リンクはともに青空文庫から。)

『雪華図説』は、今で言うところのいわゆる「同人誌」のようなもので、全体のページ数は少なく、出版部数もあまり多くはなかったようですが(ある意味「薄い本」?)、掲載された雪の結晶図は当時の町人の間で大人気となり、着物の柄などにも広く取り入れられました。

なお『雪華図説』冒頭の解説文には、雪の成因や効能について、上記の『北越雪譜』に負けず劣らずの込み入った学説が展開されています。(引用はここでは略しますが、上のリンクから原文が直接読めますので、是非読んでみてください。)これは鈴木牧之が参照した「諸書に散見したる古人の説」の一つかもしれません。実際鈴木牧之は『北越雪譜』の中で、数年前に出版されたばかりのこの『雪華図説』から、雪の結晶の図を出典明記の上で引用しています。

土井利位と鷹見泉石による雪の結晶についての考察と描写、そして鈴木牧之による雪と雪国でのくらしについての詳細な記述は、どちらも江戸時代以降の日本における自然科学研究の白眉と言っていいものであり、彼らの研究成果を後世に残すことを可能にした江戸時代の出版技術ともども、特筆すべきものだと思います。そして明治以降になると、ここにさらに雪の結晶の生成過程の研究のために様々な実験を行った中谷宇吉郎 (1900-1962) の業績が加わることになります。

まとめ

以上、辞書から文学まで、文字資料に見られる「降水」現象の言及例をいくつかピックアップしてみました。現代における「降水」の自然科学的定義から始まり、「露」や「霜」の扱いを経て、最後はいつの間にか「雪」へと話が大きく逸れてしまいましたが、現代の自然科学における「落下する水分」という概念が、「水」の様々な形態の一部しか包摂しておらず、歴史文書に見られる「降」の文字の使用状況とも必ずしも一致するものではないことがよくお分かりいただけたかと思います。

とにかく日本人は、諸々の気象現象に対して、千年以上昔から熱い視線を送り続けてきました。まずは文学作品の素材として、そして近代以降は蘭学など西洋科学の影響も加わって、学問的研究の対象としても気象現象は日本人の心の中で相変わらず大きな地位を占め続けているように思われます。

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